0%
Preloader image

桜人

名古屋市立今池中学校 3年
石原 綾乃
オーソドックスな展開てんかいかもしれませんが、丁寧ていねいうつくしくつむがれているところが印象いんしょうのこりました。着物きものがらやキャラクターのこまかい仕草しぐさ描写びょうしゃにリアリティをあたえています。せつない物語ものがたりですが未来みらい希望きぼうかんじるラストが素敵すてきです。再会さいかいする 2人ふたり物語ものがたりが読みたくなりました。
 出会ったのは、私が四歳のとき。家の近くにある公園で、私は、ふと、そびえ立つ桜の木の下に座りこむ少年の姿をみとめた。その桜は樹齢五十年を過ぎたソメイヨシノで、枝先にはたくさんの花。少年は、なぜか黒地に桃色の花の刺繍が施された着物姿で、まるで妖精みたい、と思わず見つめる。そのとき、少年の桜色の瞳と、ふいに、目が合う。にこりと笑いかけると、少年は目を見開いた。私は少年に近づいて、話しかける。
「あなた、だーれ?」
「え、君、俺が見えるの?」
少年は私を見つめ、突然ニヤッと笑った。
「へぇ…。俺はこの桜の精霊。君は?」
しゃがんで私と目線を合わせた。精霊と名乗る少年に戸惑いながらも口を開く。
「わたしは、美野ゆずき。」
「ユズキ、か。じゃ、ユズだね。よろしく。」
促されて、私は少年の隣に腰を下ろした。
十一年が経った今、十五歳の私は、毎日のように公園へと通っていた。
「しだれくん!」
私が呼ぶと、桜の枝から舞い降りてくる少年。
「やあ、ユズ。勉強は捗ってる?」
しだれ、という名前は私が考えたもの。名前がないという彼に、私が好きな枝垂桜の名前をつけたのだ。初めは、女の子みたいだと文句を言われた。桜の側を離れられないしだれくんに、私は色々な話をする。珍しそうに話を聞いてくれるから、私も話していて楽しい。
いつからか、この桜の下で彼とお喋りをすることが、私の日課になっていた。
季節はどんどん移り変わり、冬が来る。
「ゆずき、知ってた?あの公園の桜、伐採されるらしいわよ。老木は倒れる危険があるからですって。」
母の何気ない言葉に、頭の中が真っ白になった。桜の木が伐採される?そんなことをしたら、しだれくんはどうなるの?冷や汗が首筋を伝う。思わず、駆け出していた。
「しだれくん‼」
息を切らしながら彼の名を呼ぶ。いつも通りに降りてきたしだれくんは、私の様子を見て慌てて駆け寄ってくる。
「どうしたの?何かあった?」
「しだれくん…この桜がなくなるって、本当なの?」
私が聞くと、ピタリと彼の動きが止まる。
「…あー、聞いたんだ。この前も業者が来てたし、そうなんだろうね。」
その、他人事のような口調に憤って、叫ぶ。
「なんでそんな平気みたいな顔してるのよ!しだれくんはこの桜の精霊なんでしょ!この木がなくなったら…。」
「俺は消えるよ。」
やけに澄んだ声が、キンと冷えた空気を震わせた。私を見つめる桜色の瞳。言葉が詰まる。
「仕方ないよ。ソメイヨシノはただでさえ、人がいないと生きていけないんだ。むしろ、こんなに長生きさせてもらえて感謝してる。」
しだれくんは、淡々と語っている。けど。
「そんな、こと、言わないで…嫌だよ…。」
震える声を絞り出して、彼の着物に縋りつく。
こんなことしたって意味ないのに。それでも、止まらなくて、苦しくて。
「…ユズ。」
顔を上げると、困ったように、そして少し嬉しそうに、眉を下げて微笑むしだれくんの姿。
「俺、本当に、ユズに会えてよかった。確かに、この木はもうすぐなくなるけど、絶対、また会える。だからさ、笑ってよ。」
私が頷いて微笑むと、彼は幸せそうに笑う。
「それでね、お願いがあるんだけど―」
差し出されたのは、小さな桜の枝。瞬きをすると、もうそこにしだれくんは居なかった。
 あの桜はもうないけれど、私は変わらず公園に通う。彼にもらった枝が接ぎ木された若木へと続く道の上には、青空が広がっていた。
「…ただいま、ユズ。」
陽の光があたたかい、ある、春の日のこと。
error: この作品は保護されています。